なぜ日本の自然と生き物なのかといえば

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もうすっかり企業のCM用語としても定着して、聞き飽きた感のある「地球に優しい」とか「環境に優しい」というフレース。単なる言葉の言い回しの問題かもしれないけど、ちょっと勘違い、危険な言葉だ。
もともと人間だって地球の一部、生き物の中の一種。だから極端なこと言えば、ビル作ったり、工場作ったり、その為に山を削ったり資源を掘ったりするのは、白アリが蟻塚作ったり、オトシブミという昆虫が葉を切って巣を作るのと根本的には同じなんだと思う。

「地球環境を守る」という言葉には人間が地球の支配者で地球の命運を握ってるかのような西欧的?考え方が根本にあると思うのだ。核戦争で放射能だらけになっても地球は困ったりしない。温暖化で水位が上昇しても地球は悲鳴なんかあげない。地球という天体にとっては、その構成要素である人間によって、その姿がちょっとだけ「変化」するだけだ。で、あと50億年、惑星として存在し続ける。(宇宙戦艦ヤマトの波動砲のような星ごと消滅させる兵器でも開発されれば別だが・・・・。)

空気が汚れたり、汚染された魚を食べたり、水位があがったり、etcetc結局回って回って人間にとって都合の悪いことが沢山おきるのだ。ある種の昆虫が絶滅するとめぐりめぐって人間にも悪影響がふりかかる。そんな複雑で絶妙なシステムで絡み合ってるのだ。もつれた男女関係よりはるかに複雑だ。
そう、あくまでも私たち自身、あるいは遠い子孫達にとって生き物として存続していけるかどうかの問題なのだ。

地球がいつまでも居心地のいい場所であってくれるために「人間に優しい」ことを心がけないと、やばいことになるのだ。人間に地球のことを気遣ってる余裕なんか、ない。

という意味で渋谷の街も人間という生き物が、地球上の物質を使って、その能力の範囲内で作り出した「自然」といってもいいでしょう?