

宮城県東松島市大曲浜地区
200以上の島々に守られた松島は、以前訪れた時と、ほとんど変わりなく、とーーーっても美しくて、
日本の3大景色の地位も揺るがないように見えた。
外国から訪ねてくれた観光客も大勢いた。
ツブ貝の串焼きも、ほたての串焼きも、さざえのつぼ焼きも、牛タンもうまかった。
さて前回訪ねた石巻に向かうことにする。前回は鉄道の仙石線利用だったが、今回は車の旅だ。
松島から石巻へ行く途中に、東松島市がある。
ここは被害が大きかったことでも知られるところだ。
これから向かう石巻も凄い被害をうけたところなんだが。
というか凄い被害を受けたところが多すぎて、「ここは、凄い被害を受けたところらしい」
なんて書いてもしかたない気がしてきた。
ニュースやyoutubeの映像で何度も見て、ビジュアルとしては
なんとなく知ってるつもり・・くらいの認知はある。
だけど実際に見ると見ないでは大違いだ。
ちょっと後ろめたさも感じながら、海岸に近い路を選び、
石巻へ向かった。もちろん「津波の爪痕」をこの目で見るためだ。
ただ、松島が「ああ」だったので、なんかこのまま石巻まで普通に
たどり着くのではないかというような気もしてきた。
そんな思いは30分も持たなかった。
修復された幹線道路沿いに広がる光景。
テレビやyoutubeで見たはずだけど、見たことのない光景だった。
あの震災は埼玉と東京を拠点に生活をする僕たちにも、味わったことのない
実体験をもたらし、恐怖やストレスをもたらした。
それでも一年以上が経ち、段々と消化されていくかのようだった。
なんかいろいろんことが自分の中で租借されていったかのようだった。
「記憶」になろうとしていた。
だけど、この光景をみて、まだ自分にわかってることが殆どないことがわかった。
テレビやyoutubeで予行練習してきたのだが、なにがどうしたら
こんなになるのか、「うんうん」と自分でまったく理解できなかったのだ。
「津波の力って恐ろしい」なんて超わかりきってて大雑把な言葉しか浮かばん!
わかってないことがわかっただけでもよかった。
そしてそんな津波がガ〜ッと全部ぶち壊していったその
荒れ地に美しい光景が広がってた。
一階がぶち抜かれた家がポツンポツンと残り、他に瓦礫がのこる
広い荒野。
そこに沢山の青い鯉のぼりがはためいていた。
あたりに人気は殆どない。
でもこの鯉のぼりは何か、風に向かって、優雅に飛ぶように、それもおびただしい数が
飛んでいた。
不謹慎かもしれないがこの残骸とも言える荒れ地とこの鯉のぼりの
組み合わせが、不思議な美しさを醸し出してた。
そして一軒の家にペイントされた、花とHOMEという文字。
この幸せな我が家をかならず取り戻す!という決意をポップに明るく表現したようなペイント!
写真がへたっぴで、その時の感動をつたえられんもどかしさ!
旅行から帰って偶然テレビで知ったのだが、お母さん、そして祖父母と弟を津波でなくした
伊藤君という高校生!が立ち上げたプロジェクトだという。
弟が好きだった鯉のぼり、特に青い鯉のぼりを、はためかせようと全国に
協力を募ったら、沢山集まり、去年、今年と復興の旗印と、
弟へのレクイエムとしておこなってるプロジェクトだそうだ。
同じ伊藤君でも偉い違いだ。
しかも彼は高校生だ。
美しい松島から30分で、またこんな「美しい光景」に出会えるのだから
やっぱり、今、東北、三陸へいっとくべきではないだろうか?
*このプロジェクトは僕が知らなかっただけで、かなり有名みたいです。





